沿革

岐阜裁縫女学院第2回生
寄宿舎卒業記念(1922年)

1918(大正7年)

岐阜裁縫塾を岐阜市溝旗町に開設。
その後の1920(大正9)年、岐阜市田生越町(元済美幼稚園・現片桐武司理事長宅)に新校舎を落成し、溝旗町から移転。
1923(大正12)年には、北校舎が増築されました。

岐阜実科女学校全景(1929年頃)

1925(大正14年)

高等女学校令によって岐阜実科女学校(4年制)が認可され、4月に開校。7月には失火によって校舎が炎上消失しましたが、翌年新校舎が完成。

岐阜女子高等技芸学校全景(1929年頃)

1928(昭和3年)

岐阜女子高等技芸学校を開校。

移転を伝える学校新聞

1955(昭和30年)

創立者の片桐龍子先生が「将来の高校のために」と購入しておいた現在の正法寺町の校地に、校舎を移転することが理事会で決定。

移転した校舎(1956年)
木造東校舎(1957年新築)

1956(昭和31年)

現在の校地に木造2階建て820㎡の校舎(北校舎)が完成。旧校舎の木材を再利用し、思い出とともに校舎を移しました。

南側から見た南舎と体育館(1960年頃)
建設中の体育館

1959(昭和34年)

鉄筋3階建ての南舎を建築。さらに1961(昭和36)年には隣接の土地3,600㎡を購入し、780㎡の体育館兼講堂を建築しました。南舎に隣接して増設した4階建ての幼稚園教員養成所がありました。

完成した新館(現北校舎)全景(1962年7月)

1962(昭和37年)

生徒数の急増・教室の不足に対応すべく、現在の北舎(東側)4階建て1,700㎡と、翌年に西側を増築。当時は1,800名近くの生徒、90名ほどの教職員を有していました。

本館落成掲載の学校新聞(1972年3月1日)

1971(昭和46年)

正面に銀色の十字架が輝く本館が、待望の完成。理事長室、校長室、職員室、事務室、会議室などの管理部門に加え、視聴覚室や図書館、美術教室、LL教室、保健室、放送室、衛生看護科の研修室などの教室が作られ、教育設備がさらに充実。

クラブハウス棟(1998年9月)
記念庭園(1998年9月)

1998年(平成10年)

創立80周年を迎えるにあたり、記念事業としてクラブハウス棟・記念庭園・駐輪場の建設、コミュニティ道路の整備など、環境整備工事が行われました。

2004(平16)年4月1日 校名を済美高等学校と改称。男女共学部単位制普通科を設置。
2013(平25)年4月1日 2部4学科4コースを2部4学科6コースに改編。
男女共学部単位制普通科を男女共学部普通科とし、高志コース、進学コースを選抜特進(SS)コース・特進(S)コース・進学Ⅰ類コースに改編。
女子部普通科を総合選択コース、ファッションデザインコースを進学Ⅱ類コース・健康福祉コース・生活文化コースに改編。
女子部保育教養科を保育科に改称。
女子部ビジネス教養科を商業科に改称。
2016(平28)年4月1日 女子部商業科を男女共学部商業科に改編。
2017(平29)年4月1日 男女共学部進学Ⅰ類コース、女子部進学Ⅱ類コースを
男女共学部総合進学コースに改編。